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福岡高等裁判所 昭和60年(ネ)552号 判決

控訴人 野瀬康弘

右訴訟代理人弁護士 前田豊

被控訴人 尾籠正巳

主文

原判決及び福岡地方裁判所久留米支部が同裁判所昭和六〇年(手ワ)第一〇号約束手形金請求事件につき昭和六〇年五月九日に言い渡した手形判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審及び右手形訴訟の分とも被控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴人

1. 主文第一、二項と同旨

2. 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

1. 本件控訴を棄却する。

2. 控訴費用は控訴人の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 被控訴人は、別紙手形目録1、2のとおりの記載がある約束手形二通を所持している。

2. 控訴人は、拒絶証書作成義務を免除して右各手形に裏書した。

3. 被控訴人は、いずれも満期の日に支払場所で支払いのため右各手形を呈示したが、支払がなかった。

4. よって、被控訴人は、控訴人に対し右各手形金元本五〇〇万円とこれに対する各満期の後である昭和六〇年三月一九日から支払いずみまで手形法所定率による年六分の割合による利息の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1及び3の各事実は知らない。

2. 同2の事実は否認する。

三、抗弁

仮に、控訴人が本件各手形に裏書したとしても、右各手形の振出人東睦憲は昭和五八年一〇月二五日、当時の手形所持人林政夫に右各手形金を支払ったので、右各手形債務は消滅した。しかるに林政夫は右各手形を東睦憲に返還せず林采敦に裏書譲渡し、同人は更に被控訴人に裏書譲渡したが、その際林采敦及び被控訴人は、いずれも右事実を知りながら、控訴人を害する意図をもって、右各手形を取得したのであるから、控訴人は被控訴人に対し、本件手形金の支払義務はない。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、成立に争いのない甲第一、二号証の各一、控訴人の裏書部分の成立は当事者間に争いのない甲第一、二号証の各二(但し、控訴人以外の裏書部分は記載自体)と弁論の全趣旨によれば、請求原因事実はすべて認められる。

二、そこで抗弁について検討する。

1. 前掲甲第一、二号証の各一、二、成立に争いのない乙第二号証、当審証人生駒敏幸、同東睦憲の各証言及び弁論の全趣旨により林政夫が東睦憲に対して後記一五〇〇万円を貸与した際に同道した生駒と称する者によって作成され、したがって林政夫の意思に基づいて作成されたと認められる乙第一号証、第五号証(但し、いずれも但書欄は除く。)、当審証人東睦憲の証言により成立を認める乙第八号証、当審証人林采敦、同生駒敏幸、原審及び当審証人東睦憲の各証言、原審及び当審における控訴本人の供述によれば、本件各手形の振出人である東睦憲は、昭和五八年七月及び九月ごろ二度にわたって従兄弟にあたる控訴人の裏書署名がある本件各手形を林政夫に差し入れて、同人から三〇〇万円及び二〇〇万円の合計五〇〇万円を借り受けたが、同年一〇月二五日、林政夫から、同人が林采敦及び生駒敏幸から調達してきた一五〇〇万円を借り受け、その中から五〇〇万円を本件各手形金の弁済として林政夫に支払ったこと、その際東睦憲は林政夫に対し本件各手形の返還を求めたが、同人は後日破棄する旨約してその返還をしなかったこと、東睦憲は右一五〇〇万円の借受金支払いのためその場で額面三〇〇万円の約束手形五通を林政夫に振り出し交付したことが認められ、右認定に反する原審及び当審証人林政夫の証言は、前掲各証拠に照らし信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

もっとも、前掲甲第一、二号証の各二によれば、本件各手形の林政夫から林采敦への第二裏書欄の日付が、いずれも前記手形金支払前である昭和五八年九月三〇日と記載されており、当審証人林政夫、同林采敦も、右各裏書日について右記載に沿う証言をしている。

しかしながら、前掲乙第二号証、原審及び当審証人東睦憲の証言によれば、東睦憲が林政夫に対し前記のとおり本件各手形金を支払った際、右弁済資金として借り入れた一五〇〇万円は、林政夫が林采敦及び生駒敏幸から借り入れたものであるが、右債権担保のための根抵当権設定登記が昭和五八年一〇月二五日付で経由されていること、本件各手形裏面の第二、第三裏書欄を仔細に検証すると、第二裏書日付の算用数字「58・9・30」の筆跡と、第三裏書日付の算用数字「59・8・30」の筆跡とが酷似していることがそれぞれ認められ、右事実によれば、本件各手形の第二裏書欄の日付は真実の裏書日を表示したものではないと認めるのが相当であり、これに反する前掲林政夫林采敦の各証言は信用できない。

そうすると、前記手形金支払当時、本件各手形は、林政夫が所持していたものと認められる。

右認定の事実によれば、本件各手形の振出人である東睦憲は、昭和五八年一〇月二五日、手形の受戻しをしないまま、当時の手形所持人である林政夫に対し本件手形債務を弁済したことが明らかである。

ところで、約束手形の振出人が、当該手形上の債務を弁済したときは、手形を受け戻さなくても、右手形債務は消滅し右手形の裏書人の償還債務も消滅するのであるから、振出人である東睦憲の右弁済により本件手形債務は消滅し、本件手形の裏書人である控訴人の償還債務も消滅したものというべきである。

そして、振出人から手形債務の弁済を受けた所持人が、手残り手形を利用して裏書人に償還請求をしても、裏書人は、償還債務消滅の抗弁をもって所持人に対抗することができるから、右手形債務消滅の事実を知りながら、所持人から手残り手形の裏書譲渡を受けたものに対しても、右抗弁をもって対抗できるものといわなければならない。

2. そこで、進んで林采敦及び被控訴人が本件各手形を取得するに際し、本件各手形債務消滅の事実を知っていたかどうかにつき検討する。

前掲甲第一、二号証の各二、原本の存在及び成立に争いのない乙第三、四号証、原審及び当審証人林政夫、同東睦憲、当審証人林采敦の各証言、原審及び当審における被控訴本人及び控訴本人の各供述(但し、林政夫、林采敦の各証言及び被控訴本人の供述については後記信用しない部分を除く。)によれば、(1)本件各手形の第二裏書人林政夫は甘木市において金融業を営むもの、第三裏書人林采敦は、林政夫の家から約二〇〇メートル位のところで養豚業を営むもので、右両名は実の兄弟であること、また第四裏書人である被控訴人も、甘木市において質屋兼金融業を営むもので、林采敦とは子供のころからの知り合いであり、林政夫とは林采敦を通じて昭和五六年ごろから知り合うようになったもので、被控訴人と林政夫とは以前にも金銭貸借関係があったこと、(2)本件各手形の振出人東睦憲は、林政夫に対する前記一五〇〇万円の負債のほか、他に多額の負債を抱えていたが、昭和五九年一二月二七日ごろ不渡手形を出して事実上倒産したこと、右倒産後である昭和六〇年二月ごろ、林采敦及び被控訴人は、本件各手形を持参して控訴人方を訪れ、控訴人に対し、右各手形の裏書署名の真否を確認したこと、これに対し控訴人は右署名の事実は認めたが、その際本件各手形金はすでに東睦憲によって林政夫に支払い済みである旨告げたこと、(3)しかして右持参の各手形は、いまだ支払期日、受取人並びに第一ないし第三被裏書人及び第四裏書人の各欄がいずれも白地であったこと、また右各手形の第四裏書欄の昭和五九年一二月三〇日の日付(被控訴人は同日右各手形の裏書譲渡を受けたと供述している)も記入されていなかったこと、(4)そこで被控訴人は、本件各手形の受取人欄、支払期日欄並びに第三被裏書人欄、第四裏書人欄を被控訴人自ら別紙手形目録記載のとおり補充するとともに、第一被裏書人欄を林政夫をして、第二被裏書人欄を林采敦をして、それぞれ右手形目録記載のとおり補充させ、これを支払期日に支払場所に呈示して裏書人に対する遡求要件を具備したうえ、昭和六〇年三月二二日本件手形訴訟を提起したことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実に東睦憲が林政夫に弁済した本件手形金五〇〇万円が林采敦及び生駒敏幸より林政夫に貸し付けられた金員の一部であることを併せ考えると、林采敦及び被控訴人は、いずれも本件各手形を取得する際、林政夫が右各手形の振出人東睦憲からすでに右各手形金の支払いを受けていたことを知っていたものと認めるのが相当であり、右認定に反する前掲林政夫、林采敦の各証言及び被控訴本人の供述はたやすく信用できない。

してみると、控訴人は本件手形債務の消滅したがって自己の償還債務消滅の抗弁をもって林采敦及び被控訴人に対抗することができるものというべきである。

よって控訴人の抗弁は理由がある。

三、以上の次第で、被控訴人の本訴請求は理由がなく棄却すべきところ、これと結論を異にする原判決及び手形判決は失当であるから、これを取り消し、被控訴人の右請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩田駿一 裁判官 鍋山健 最上侃二)

〈以下省略〉

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